A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

フィリップ・K・ディック「ユービック」

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

読んだ。
 
ディックの作品は高校の頃からあこがれがあってちゃんと読みたいと思うあまりまったく読まずに今のいままで読まずに過ごしてきたのだが、S-FマガジンのPKD総選挙特集に押され推されてようやく読んだ。
総選挙栄えある一位のユービックである。
もはや過去となった1992年という未来のお話で、超能力やら冷凍睡眠やら、とうにチープな感じになってしまったガジェットたちだが翻訳の上手さもあってか、実によかった。月面で暮らしてはいないけど自販機にコインはもういらない時代になりましたよディックさん。
 
前半は登場人物の視点も変わるし、人もどんどん出てくるし、なかなか読みづらいのだが、中盤からは一気に行ける。
 
現実と夢、生と死が交差する不思議な世界観であるが、序盤で引用される「チベット死者の書」がこの物語の根底に流れている。
原典訳 チベットの死者の書 (ちくま学芸文庫)

原典訳 チベットの死者の書 (ちくま学芸文庫)

チベット死者の書」を読んだわけではないので詳しいことはわからないけど、この記事の最後に貼ったYouTubeの動画を見れば少しわかった気にはなれる。
 
冷凍された物質的肉体から呼び出されるハーフライフ、半生命。これは「チベット死者の書」に出てくる中有(バルドゥ)に似ている。ヒッピーの若者たちにこの「チベット死者の書」は支持されたという。虚構と現実の境界が曖昧になるのがドラッグによる効果と似ているということもあるのだろう。
ユービックのラストについても現実もまた夢だったのか、あるいは夢が現実を侵食し始めたのか、謎のループを生み出している。
半生命のミス・ランシターは次のように言う。
「わたしたちはどんどん一つに溶けあっていくような気がするの。」
読み返すと見過ごしていた伏線がたくさん出てくるので面白い。
 
人間が死ぬとき意識のようなエネルギーはどこへ行くのか。そして宇宙が熱的死へ向かうときには?読後も生命観や死生観、いろんなことを考えさせられる。もっと若い時に読んでいればよかったと思う反面、若い時ではわからなかったことも多そうで、結局この本は今の私に必要だったような気もする。埋もれていた「チベット死者の書」のごとく、時代がそれを必要としたときに世に再び現れるように。
 
ユービックというスプレーするだけで遡行や退化を逃れられる万能薬よりも恐るべきは、どんなに時間遡行しても唯一変わらず存在し続ける有料ドアだ。宇宙の真理か!地獄の沙汰も金次第。天国への扉をくぐるにも金がいるのかもしれないな。