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A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

終末のフール

終末のフール (集英社文庫)

終末のフール (集英社文庫)

伊坂作品は前から気になっててオーデュボンの祈り (新潮文庫)から読もうと思っていたのだけれど、ミステリーとか苦手だしなかなか手を出せずにいたら、はるばる遠い国(四国)からこの本が送られてきた。とりあえず順番気にするのは止めて読んでみたよ。
八つの短編がゆるくつながった終末もの群像劇、なわけだけど、ハリウッド的なスペクタクルとかパニックはないし、スーパーヒーローだって救世主だって出てこない普通の人々の話。

終末が訪れることが判明した直後からのパニックにより、多くの人が本当の終末を待たずに命を失ってしまった。
だけどこれによって人間のつながりが厳選され、埋もれていたソーシャルグラフが浮き上がってくる。
同じ街、同じマンション、街のビデオレンタル屋。まったく知らない人でもどこかに接点がある。どこかですれ違っている。
そこには決して特別な意味はないのだろうけれど、人間はひとりじゃないんだって思えてくるわけである。
実際この本を手にしているのはそういう不思議なつながりから始まっているのだし。
なんでもないようで実は奇跡に近い日々をグダグダと過ごしているのだな。

群像劇はみんなが主人公なので好き。
読み手が主人公にのめり込めれば、一人の人間を深く掘り下げていって欲しいと思うところなのだろうが、気に入らないとそういうの早々に飽きちゃうんだよね自分。
一人の人間に対し、書き手の思い入れみたいのが出てきちゃったりするとさらにダメな感じ。「ハイハイ、スゴイネー。タイヘンダネー。」という気分になる。
特にフィクションの場合「人」に興味があるというよりは「お話」に興味があるわけ。
一方でこのお話はどれも淡々としてるのに、複数の主人公たちを魅力的に書き分けている。語り過ぎない余白の残し方も非常に好き。他の作品はどうなのだろう?
この本を読んでいると、かつて仙台に住んでいたときの記憶と「あの震災」の記憶が重なるのだが、あの震災から1年も経っていないのに、何かもういろんなことを忘れかけてる。
壮絶な境遇に見舞われても、直接的な被害もなく無事だった自分は淡々と生活している。私の人生の物語が壮絶でないのは、それは幸せといえるのだろう。

あと、久しぶり綺麗な日本語を書く人だなって思った。文章にクセがなく、お話そのものに集中できる。浅田次郎以来の感覚。