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A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

夜は短し歩けよ乙女

友人が貸してくれたので読んだ。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

読んでいてずっと思っていたことは、世界観が高橋留美子
怪しげな天狗や神様、鯉や達磨の縁起物ガジェット。そしてドタバタラブコメ。ルーミックワールド全開。

読書メーターに感想とか書いたらものすごい勢いで☆が付くくらいみんな読んでる。
SF小説ではありえない現象。
で、すごくみんな「文体」のことを書いてるのだよね。独特の文体とかクセのある文体とか。
そこらへんが全然気にならなかった自分がもしかしたら変態なんじゃないかと不安になってくるわけである。

内容は小さなエピソードが絡み合って、赤面するほどの大団円。
だがどうだろう。自分はどうだろう。
大学祭とか、まともに参加した記憶がないではないか。大学時代自分は一体何をやっていたのだろうかと虚しくなるばかり。
あ、いや待てよ。少し思い出した。
同じ学年に、格別にかわいいわけでもなく、ダイエーの服を着てるような言っちゃ悪いが「ショボい」女の子がいたわけ。
でもなぜかちょっと気になっていたことは確かで、ひょっとしたら好きだったのかもしれない。
で、とあるサークルに所属していて大学祭で出店していた。来たお客に演奏を聞かせるという喫茶店。
当時ろくに練習もせずにダラダラと毎日過ごしていたわけだが、当日はローテーション組まれちゃってて客前で演奏しないわけにいかない感じ。
でも、客も薄い時間帯だし大して恥もかかないだろうと軽い気持ちでステージに出たら、
(お前なんでそこにいるー!?)
そのキニナル子がまん前でむさ苦しいサークルのメンバーが淹れたまずいインスタントコーヒー飲んでるわけ。
数十秒の「ショボい」練習曲の演奏を聞かせて早々にステージを去り、その後その子と何かあったわけでも何でもないわけであるが、
好機(危機)は日常に転がっており、往々にしてそれは起こるのである。
と、ひとつエピソードを切り取ってみれば切ない青春時代を謳歌していたような風にも思えるがトータルとしてはやはり暗澹たる日々であり悔やまれること甚だしい。
さて、過去を悔やんでもいたしかたない。今はどうだ。雲ひとつない秋晴れの下、心にかかった薄曇は晴れぬままの日々を暮らしているではないか。
このままでよいのか。夜の街を歩いたほうがよいのではないか。きっとまぶしい夜明けが訪れるのではないか。
暗闇の中、手探りでもいい、傍から見たら痛々しいほどに闇雲に我武者羅に生きてみるのも悪くないのではないか、などと考えたりしてみるのである。