A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

「働こうとしない人たち」と「働くということ」

「働くこと」について2冊

働こうとしない人たち

働こうとしない人たち - 拒絶性と自己愛性 (中公新書ラクレ (178))

働こうとしない人たち - 拒絶性と自己愛性 (中公新書ラクレ (178))


はい、私です。働こうとしないのか、働こうとしてるのに働けないのか微妙なポジションで失業中なワケですが。
著者が臨床心理士ということもあって、うつ病を伴って著者のカウンセリングに訪れるという事例が多数紹介されている。
そのパターンは大きく分けて二つ

  • 拒絶性スタイル  :やりたいことがなさすぎて仕事に就けない
  • 自己愛性スタイル :やりたいことにこだわりすぎて仕事に就けない

つまるところ人格障害のパターンだな。社会不適応。
周囲と同調するため、物事の核心に迫ることを避け、話をはぐらかして先延ばしにする拒絶性スタイルに自分は属するようだ。とは言っても自分ダイスキだし、やりたくないことには目を背けてる自己愛性スタイルに属するような気もする。
まあどっちだっていいけど。気力十分じゃないから働いていないってのが現状。
仮に治っても再発のリスクを抱え、さらには空白期間をよしとしない社会状況では、働きたくてもなかなか受け入れてもらえないというのも現状。
隠すつもりはないが、正直に話した途端、採用人事からの連絡が途絶えるというのもよくある話。
R35という世代。キャリアとしては中途半端だし、新しく何かを始めるには年をとり過ぎている(と見られる)お年頃。
まして未婚。ここで妻子抱えてたら、それはそれで非常にツライのだけど、職に就いてなければ結婚はもちろん遠のき、この未婚ステータスはなぜか社会的地位を貶められる。
政治や景気や世間体のせいで働けないのだ、なんて(ちょっと思ってるけど)グダグダ難癖つけてる暇あったら、まずは何か始めたらよいじゃないかってトコだろうな。
例えば・・・早起きするとか。部屋を掃除するとか。クリアしてないゲームをなんとかするとか。そうやって話をはぐらかして先延ばしにしてるとこです。
担当医に「ゆっくり治していきましょう。重要な決断は後回し。」なんて言われて、甘えちゃって何もしてないんだけど、先延ばしにしていること自体が気にかかってるのも事実。

働くということ

二十一世紀の初頭には、私たちは週十五時間程度働けばすむようになる

ケインズ予言したが・・・労働時間は伸びるわ、格差は拡大するわ一体どうなっちゃってるの!
というわけで、この半世紀、世界の労働状況がどのように変わってきたかを本書で知ることができる。

アメリカのビジネススクールで学び、「フィナンシャル・タイムズ」「ウォールストリート・ジャーナル」「エコノミスト」「ビジネスウィーク」なんかの新聞雑誌を読んでるマッチョなエリートワーカホリック連中に世界経済は牛耳られ、労働者のためよりも株主のためというのがモチベーションになっている自由競争市場。
不公平だから分配して格差縮めろなんていうのも競争のモチベーションを下げるので一筋縄ではいかない。経済、産業のグローバリゼーションは進み、第三世界と呼ばれた途上国との垣根も低くなってきている。
さあ、どうしましょう?
新自由主義はどうなの?社会自由主義はどうなの?公平、公正とは何だ?正しい成果の評価は?
働くということ
って何?
一個人、一企業、一国だけでは完結できないお話。
「俺はグダグダ言わずにとりあえず働こう」って話とはスケールが違いすぎて、とりあえず寝よう。