A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

なぜ書くのか2

半年ほど前の記事
なぜ書くのか - A Perfect Night For Bananafish」に通りすがりさんからの反響があったので、今の時点で考えをまとめてみよう。

記事を読んで何らかの反応があったというのが素直に嬉しいです。

これは例の記事がわずかながら影響を与えたという風に捉えることも出来るからかもしれないですね。で、今考えていること。

まとめてみようとかいいつつ、あまりまとまってないので「なぜ書くのか」ということから少し離れていくかもしれないけど、まずは書き連ねてみる。途中で論点がずれてしまってもキニシナイ!最近いわゆるWeb2.0的なサービスに節操なく登録してみてる。
ブログをはじめ、SNSだとかソーシャルブックマークだとかTwitterのようなミニブログだとか。自分の情報をネット上にばら撒いているんですよ。一箇所ではなくいろんなところに。
ひとりの自分、家族に対する自分、友達に対する自分、会社に対する自分、ネットに対する自分。いろんな面の劣化コピーのようなものをバラバラと。ネットにそんな情報を散らかすことで、ネット上の自分という存在の不確かさが増している気がするのだよね。エントロピーが増大しているっていうのかな?
これにより現実の自分のエントロピーを維持してるつもり。ちょっと耐えられなくなってエネルギー不足を起こして「うつ」っぽいけど。
Googleなんかの検索システムは、みんなが散らかした情報をうまいこと整理して「確かさ」を強める働きをしているんだろうかねぇ。あと、ばら撒いたアイデンティティが何かに変容しないかなぁっていう期待でもある。
大げさに言うと「ネットに意識は生まれるか?」ってことだろうな。人間がネットを取り込むのが先か、ネットが人間を取り込むのが先か・・・なんだかまた考えが散らかってきたゾ。何で書くかって、やっぱり暇つぶしだよ(逃げたwww)