A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

The second installment:「1973年のピンボール」

The second installment:1973年のピンボール

Before Yocifico 2年。
オレの世代なら「1986年のマリリン」みたいな(違
「鼠」と「僕」は二人とも1948年のねずみ年生まれだな。
だいぶ春樹節に慣れてきたのでサクサク読めた。
あれ?いつもと違う文体で書くんじゃなかったっけ?忘れてタ。

僕と208、209という双子の姉妹、そして鼠。
ピンボール「スペースシップ」三つのフリッパーとボール。

自分だけが同じ場所でジタバタともがいていると感じるのだ。
他人はキラキラと銀色に輝きフィールドを駆け回る。
下手にもがくと即ティルト。ゲームオーバー。
ボールうまいこと弾けばスコアボードの数字を点滅させ、また自分の元へ戻ってくる。
あるいは空しくすれ違い、奈落へと姿を消す。
何か手違いを犯したのか。それとも自分の中で何かが帰結したのか。

この物語はすべての手玉を使い終わったときの切なさ。

「結局人生はゲームのようだって言いたいんだろ?」
「はじめにもいったとおり、」首を横に振って続けた。「逆。ゲームに人生を織り込んだんだ。」
「わかるよ。だからゲームは面白い。」
「僕はくだらないと思うけどね。」
「そうだろうな。それもまた・・・」
「人生。」

「ああ。『川の流れのように』、か。結構楽しんでるんじゃないか。」
「参ったな。」
「そう。下ってるだろ。」

グダグダだな