A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

新書を読む

往路

国家の品格 (新潮新書)

国家の品格 (新潮新書)

復路

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

2冊とも新書界にとどまらず国民的ベストセラーになった本。
語りおろしのスタイルが最近の新書ではトレンドらしい。(「最近の新書」ってのも悪文だな…)

このスタイルに共通して思うことは、文章が非常によみやすいってこと。
で、やっぱりこれだけ読まれると批判も多いようだ。
確かにツッコミどころは満載だ。しかし全否定する程でもない。

むしろ何かを提案するときは、突っ込みどころの多い極論から入った方が議論が活発になる。

また2冊両者に共通するのは日本の教育事情について言及していること。
昔の教育が良かったとは思わないし、ゆとり教育もよいものかどうかわからない。
学校じゃ一般常識と呼ばれる作法や法律、道路標識なんかほとんど教えてくれない。
今は既に使われていない憲法が作られた年や作った人が誰か、なんてことを詰め込んでるだけだった…。
とはいえ、学校が思想を叩き込むようになっちゃうのもなんか危ういな。

というわけで義務教育では個性を伸ばすのではなく、個性を活かすためのツールを学ぶトコだと考える。
図画や美術の時間なんて、ただ絵を描いてオワリ。
ここでいろんな技法を知っていれば、もっと表現の幅が広がって、自分の描きたいものがより忠実に描けたのに…。
これは国語や算数といった、あらゆる教科にも当てはまるんじゃないかな。
無意味そうなことを丸暗記するのだって物事を考えるツールとして使えると思う。
こうして学んだツール、テクニックを駆使することで、自分の人生が豊かなものになればいいかな。

最近全然行けてない弓道ですが、こういう武道って論理抜きに型から入る。
それが正しいとが気づくのはだいぶ後になってからだ。
算数だって1+1=2の理由を教えてはくれない。そういうルール前提。
頭の中でこねくりまわすと失敗する。
「よくわからんけど、そういうもんだ」って所から入るのね。
ごちゃごちゃ思い悩む過程は必要だと思う。
そのうち脳の中で、最初に与えられた型へ辿り着くパスがビシっと決まるのね。
開眼するというか、悟りを開くというか、理解するわけ。それが正しいかどうかは的を射抜く矢が証明する。

「あなたの人生の物語」の記事でも書いたが、我が人生、型どおりであっても周知の結末に向かって極大値を取る経路を辿れば一片の悔いなしである。もちろん最大値を通るのがベストだけどな。何?早速型から外れてるって?うるせー。

で、俺は何が言いたいわけ?語りおろしにすると話がそれてイカン