A Perfect Night For Bananafish

だがそれを語るには人生は短すぎる

天気の子

みた。

tenkinoko.com

 

公開からだいぶ経ってしまったがようやく。

どうしても監督自身の大ヒット作、「君の名は。」とも比較する形になってしまう。

たしかにプロモーション的なコラボが鼻につく感じではあるが、お話としてはわかりやすくて楽しめた。「君の名は。」よりも自分は好きかもしれない。

 

私自身は、傘を忘れると雨が降り、傘を持つと降らないという特異能力を持っている。オレオレ統計で、単に嫌な思いをした記憶だけが強化されて残ってるだけなんだけど。最近では雨が降りそうになると同僚などにも「傘持ってきてる?」と心配されるようになった。いや、傘を持ってると晴れがちだから、そっちに期待されている……。

この前の冬なんかはさらに自動ドアが開きにくいという能力も開花してしまい、もしかして私は人柱として彼岸に引っ張られて透明になってきてるのかもしれないぞ。

 

雲の向こうに引っ張られて、空の小魚にたかられてる陽菜のとこに帆高が助けに行くところは、受精のシーンのようで、空から落ちてくるときに2人が描く螺旋はDNAのようにも見える。

 

映画館を出たら小雨が降っていた。九州では死傷者も出る大雨となっていた。はやく水が引くとよいですね。

 

伝わりにくい個人的みどころ
  • 金網の水滴
  • カラフルに跳ねる雨の雫
  • ベスパ女に気をつけろ
  • 少年と呼ばれてたのが青年に呼び名が変わるとこ

ドラゴンクエスト ユア・ストーリー

みた。

 

dq-movie.com

 

実は大幅にネタバレした状態で見に行った。ずいぶんネットでは酷評されてるし、正直劇場で観るほどじゃないやとさえ思ってたけど、どんだけひどいか見てきてほしいと同僚などに言われ、どれどれと劇場に足を運んだわけだ。

TCX DOLBYの大画面に客が自分と同世代くらいのカップルの計3人。ほぼ貸し切り。

 

覚悟し過ぎていたせいか、思っていたより面白かったのよ。物語の核心、オチ的な部分もまあすんなり受け入れてしまった。物語中盤からちょくちょく出てくる"今回は"という伏線どおり、今回は許してやる、という感想だ。

 

実はドラクエ世代でありつつ、子供の頃にはドラクエやったことなかったし、特に思い入れがないせいで、ネットの酷評にあるようなファンへの裏切りを感じなかったのかな……同じく子供時代にファイナルファンタジーもやってやいが、先の「ファイナルファンタジーXIV 光のおとうさん」も十分楽しめた。思い出補正がない分、今楽しんだのだ。

どっち派?と聞かれるとFF派である。ドラクエは血統が大事だからだ。勇者ロトの末裔とか、天空人の末裔だとか。その点FFは、あれ…似たようなもんか。ふつうの冴えない学生がひょんなことから迷い込んだ異世界で最強になっちゃって奇妙な共同生活が始まっちゃうみたいなラノベでも読んだ方がいいかもしれない。

 

もはや世にありふれてしまい禁じ手ともいえる夢オチ的な例のあのくだりのあと、映画ラストの丘の上で画面いっぱいに出るContinue Your Story。この映画はこのメッセージに尽きるのだ。"今回の"話はまあこんな感じだけれど、本来RPGゲームはあなたが紡ぐ物語だ。映画のようなゲーム、ゲームのような映画を通じて、自分は何者かを問い、想像力を働かせて、ゲームの主人公もリアルの自分も成長する物語だ。そうとでも思わないと、何十時間とゲームに費やした時間に後悔しか感じられなくなってしまうし。

 

主人公が「子供時代をスキップ」したことが"今回の"物語の敗因だ。これがあのくだらないオチを生みだした。僕らも子供時代を飛ばしてはならないのだ。過去の、子供時代の自分にアドバイスを送ることはもはや叶わぬのだ。ゲームじゃないんだから。

 

伝わりにくい個人的みどころ
  • ヘンリー王子のヒゲ
  • サンチョのシチュー

ハウス・ジャック・ビルト

みた。

housejackbuilt.jp

ラースフォントリアーの描くシリアルキラーの話。R18指定。

OCD(強迫性障害)、平たく言えば潔癖症を描写するシーンはもはやコントで、起きていることはとんでもなくシリアスなのに、会場からも思わず笑いが起きる。章ごとに次はどうやって殺すんだろうとか期待してしまう人間の心理が切ない。

何より残酷だと思ったのは人を殺すシーンや溶岩の流れ込む底の見えぬ穴よりも、地獄への旅の目的地直前で窓越しに楽園を見るという部分だ。大鎌で大人の男たちが草を刈っている。サイコパスなジャックがあそこで流した一筋の涙はどんな意味だったのか。反省というよりはただのノスタルジーなのかもしれない。死神のように命を刈り取ることができなくなることがつらいのかもしれない。

終盤のドラクロワの絵のような小舟のシーンは非常に印象的だが、でもなんなのこれ?という疑問符がつく。西洋にも三途の川が?

この映画にも出てくる美とは何かというテーマを考えるきっかけだろうか。腐敗と美の関係についても触れていたが、監督自身はうまく熟成できたのだろうか。

 

映画を見た次の日に松方コレクション展

www.nmwa.go.jp

を見に国立西洋美術館に足を運んだのだが、そこにはダンテの神曲にも登場するミケランジェロ地獄の門があった。ああ、ジャックが建てたのはこれか、と、ここでつながった。

神曲はむかし時獄篇の途中まで読んで放りだしている。

https://www.instagram.com/p/B1EnkEJA5j_/

この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ

というのにジャックは最後まで助かろうとしていた。彼岸から此岸にボルダリングで渡ろうとするが、深い穴へ真っ逆さま。その穴の闇がネガになるのだが、そこにはかすかな闇が見える気がするのだ。反転しているのでそれはつまり光。映画のタイトルにもなっているマザーグースの歌のように延々と積み重なってゆく永劫の罰がここで終わり、むしろうっかり手を滑らせたことで、自身の死により彼の目指す美へと到達してしまうというかなり情けない幕引きなのかもしれない。